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かわいいを探す日々

増田貴久主演 フレンド-今夜此処での一と殷盛り-10/7 19:00回の感想

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まっすーの舞台観てきました。

3度目の正直でまっすーの舞台が初めて当たり、演劇鑑賞自体、小山さんのハローグッドバイが人生初、今回が2年ぶり人生2回目だったため、観劇するにあたりどのような予習をすればいいかわからず、しかも、きっと作品のベースであろう中原中也の手紙が書店に置いていないという緊急事態に直面し、ほぼノー勉で参加させていただきました。お席がなんと、3列目のど真ん中という申し訳ないほどの良席だったので、もう少しちゃんと勉強していくんだったと後悔しております。(正直、劇中に出てくる詩の内容ほとんどピンとこなかったから要勉強。)

 


これから先、長い上、長すぎる上、ネタバレを含む感想(自分用記録)を綴りますので進むかどうかは自己責任でお願いします。

 

 

 

 

 

まずは、増田くんをはじめ、キャスト・スタッフのみなさん、おつかれさまでした。わたしが入った回は休演日前最後の公演だったので、肉体的精神的にすごくきつかったと思いますが、そんな姿を微塵も感じさせないお芝居に、心から笑って感動して、恐怖・不安(いい意味で)を体験しました。ありがとう。

人間の能力に、見たもの・感じたこと・想い出を記憶する機能が備わってないことをこんなに悔やんだことはないくらいに自分の中に衝撃が走った作品でした。

 

ラストシーンの喜弘と秋子 この二人的には、空爆後の荒れた荒野をお互いに探し彷徨い奇跡的に再会。生きていることを喜び確かめ合ってきつく抱きしめハッピーエンド…で終了のはずなんですが、終わった直後は、よかったね!なんて言えなくて、むしろ魂を抜かれたというか、生気を失う、悲しくて悲しくて満たされたのに心にぽっかり穴があくような…虚無感に襲われました。船に乗っていたわけでも、飛行機に乗っていたわけでも、エレベーターに乗っていたわけでもない、ただグローブ座のフカフカの椅子に座っていただけなのに、身体がふわふわして、不思議な感覚になったのを覚えています。

帰り道、街の騒音も、会話する声も、テレビから流れる音楽も鼓膜に全然響かない、無の状態が2日ほど続きました。寝ても覚めても、舞台のいろんな場面(特に後半のシーン)が頭をよぎって離れない。翌日の天気は快晴。なのに、わたしの心は晴れるどころか、ますます悲しみがこみ上げて来る。

これが生ものの力なのか、と驚くと同時に、まっすー主演の舞台チケットがなかなか取れない理由がわかった気がします。

 

これから、中身に触れながら振り返り気持ちの処理をして行こうと思います。

気になったシーンを中心に箇条書きで殴り書いていくつもりなので、いつも通り文章とっちらかってぐっちゃぐちゃで時系列総無視するつもりですので、雰囲気や流れなんかを知りたい方はほかの方のブログ等を参考にしてくださいね。


 

舞台背景は関東大震災後~東京大空襲頃。詳細が出た時、朝ドラの花子とアンの時代背景と近いのかなぁと思いました。蓋を開けてみるとやっぱり似ていて、時代という部分ではすんなり入ることができました。

 

序盤は遠藤要さん演じる中原中也とまっすー演じる安原喜弘、この二人を取り巻く人間関係を笑いを交えながらコミカルにテンポ良く伝えてくれます。楽しいところはとことん楽しく、負の部分の後には笑える一言をポンっと投下してくれて、メリハリがあるなという印象。

幕が上がってすぐの登場で、酔っ払った中也が客席に結構マジな勢いで突っ込んで観客に絡みに行ったのにはギョッとしました。『おいおい客参加型かよ?!』って。笑 なんせ舞台経験ほぼ0ですからそういうこともあるんだと、勉強になります。

 

・「中さんは西を向いてると喧嘩をしやすい傾向にある。故郷の山口が中さんの何かを駆り立てるんだろう」

「それから、どんぶり一杯の水を。この前喧嘩をしそうになった時に、机に置いてあったどんぶりの水をみて「この水をこぼしてはいけない」と言って危機一髪ケンカは収まった。だから今夜はどんぶりにもすがる(と言って、ニッコリ笑うもんだから上手く行くといいね!と思うのです…笑)(この後、この丼の水はお父さんに掛けられることになる。可哀想に。)」ふざけてるのかと思いきや、大真面目な顔をしてるから面白い。

そう言って、ていちゃん(喜の幼馴染)と秋子と3人でシュミレーションする姿がなんとも可愛らしくて、ほっこりする。

ここだったか、この辺でまっすーが突然の横跳び繰り出して来るから笑える。テンポよい最高な掛け合いだった。

シュミレーションを踏まえての、顔を見るから喧嘩になるんだ横一列に並んで会合を開けばいいという提案も、すんなり受け入れる喜が愛しい。人の言葉を無下にしたりしない。このシーンで、喜は心穏やかで真っ直ぐで優しい人柄だということが感じ取れる。

 


・大岡 染谷 中也がフレンドに到着し、シュミレーション通りに横一列で同人誌の会合が始まる。

最初こそ文句を言う中也を優しく窘めながら、なんとか中をとりもち話し合いを進めようとする喜だが、それでも、馬が合わない大岡と中也の言い争いが激しくなると、オロオロアワアワしてしまう。まっすーはオロオロする演技がうまい。

結局、話は決裂。同人誌は廃刊。怒った大岡と染谷は店から出て行ってしまう。

 


・酔っ払い中也にお湯をぶっかけ、お父さん(この時点ではまだ雇い主)に怒られて店を飛び出す秋子。それを追いかけていく喜。無事に連れ帰ってきて、ていちゃんに「喜はよくがんばった」と言われ、子どものようにえーんと泣き出す。かわいい。この一連のシーンまではまだまっすーの面影が残ってた。ように感じる。

余談だけど、喜弘・中也・秋子にはそれぞれ何回か泣くシーンがあって、舞台との距離が近い為、表情の細かいところまでよく見えるんだけど、遠藤さんと愛美ちゃんは本当に涙を流す。愛美ちゃんはじっくり時間をかけて感情を盛り上げて涙を流すタイプで、遠藤さんは気づいたら涙が出てる…さっきまでは出てなかったのに!という感じ。流石演技一本で勝負してる人は違うなと思った。これを毎回やってるのか…すごいとしかいいようがない。


ちなみにますだくんの涙は見ることはできなかった。ちゃんと泣いてるとしたらごめんね!

 


・時は流れて喜が大学を卒業するタイミングで、フレンドに文学青年たちが集まる。衣装はフライヤーのパーマ頭の方の着ているものに変わる。

着るものは変わっても中身は何もかわらず、相変わらず心優しい喜。フレンドに集う人みんな同じだった。それは秋子もきっと同じ。

秋子は銀座のカフェで女給となり地味な服からフリフリのメイド服を着て、外見こそ変わってしまったけれど、中身は変わってなくて、むしろ会わなかった数年の間に喜を想いすきな気持ちが増しているように感じた。好きじゃない資本家と共有する時間を喜との時間に置き換えてたのかなと思うほどに。喜への好きという気持ちを諦め忘れるように、喜が引いて諦めてくれるように願って立ち居振る舞えば振る舞うほど、あぁ秋子は喜がすきなんだな〜と思った。

「安原さんはね、優しいの。可哀想な孤児にもレコードを貸してくれる。でもね、庶民の家にはレコードを聴く蓄音機なんてないんだ〜!仕方ないからレコードの表紙の読めない横文字をずっと見てた。今の時代、必要なのは金と食べ物。君たちの文学なんて誰の心にも届いてない!」どうか喜に嫌われますようにと嫌味たっぷりに言い放った秋子の気持ちを汲むどころか、貸していたレコードを受け取って「ごめんね、全然知らなかった。いつも感想言ってくれてたから…」と謝る喜。どこまでもお人好し。

その言葉に「…冗談よ。…嬉しかったんだから」と本音をポロっとこぼす秋子が最高にピュアでかわいい。やっぱり秋子はなにも変わってない。

弟の学費を稼ぐため、十分な仕送りをするために好きでもない人の妾になろうと言い聞かせて無理している姿が痛々しくて、このシーンの秋子からはその時代を生きた女性の覚悟を感じた。

 

 

ザルツブルクの小枝の話をする中也の手元がすごく印象的だった。所作が、舞台らしい動きで、『今、わたし舞台見てる!』って思った(伝わらない)

正直、ザルツブルクの小枝の話は有名なのかもしれないけど初耳で、単純に感心した。わたしにとってキャストのみなさんが塩坑に投げ込まれる小枝で、見ている舞台の世界観がダイヤモンドのように輝く結晶。確実にこの世(作品)に恋をした。…こういうこと?ちがったらすまん。

 


・話は戻って、結婚することをすべて一人で決めたこと、「親でも、雇い主でもないんだから!」と言い放ってしまった秋子に対して怒りをあらわに手を上げてしまうお父さんが、これまでどれだけ秋子のことを大切に見守って育ててきたか、血のつながりがないことがどれだけ悔しかったかと想像すると泣きそうになる。というか泣いた。わたしは家族愛に弱い(知らん)

 


暗転後、「お前をうちの娘にする。借金も全部肩代わりする。お前はなにも悪くないじゃないか。全てはあの大地震のせいで…。この店を抵当に入れれば銀行も少しは金を貸してくれるだろう。もう決めた」「秋子、うんと言っておくれ」「…はい」

お父さんの覚悟とお母さんの愛情の深さに心動かされ秋子ははれてご夫婦の娘になる。お母さんが肩を優しく抱くシーンは本当に感動的。このご夫婦とご縁があった秋子は幸せ者だ。この3人に血のつながりなんて必要ない。

そしてその一連を店の外で聞き耳を立てている喜の姿が挙動不審でかわいいんだ。心配でそわそわ様子を伺う仕草はまだまだ幼い。秋子が娘になった瞬間には「よかった」とわんわん泣く。なんとも愛らしい。愛すべき男である。

「東京も捨てたもんじゃないわね」といい店を後にする泰子。泰子が言うから妙に説得力があった。

 


・喜が秋子が書いた遺書を持って秋子を訪ねフレンドを訪れるシーン。

秋子が喜から荷物を奪い返そうとする時にふたりの体格差にキュンとした。NEWSの中にいるまっすーは小さい方だけど、女の子と並ぶとやっぱり男の子でおっきい。わたしの中のキュンセンサーがフツフツと湧いてくる。…おっと、脱線してしまった。

話を戻して、奪い返した荷物から遺書を必死に探す秋子。けど遺書は喜の胸ポケット。

「とても良い文章だったよ。すっかり変わっちゃっちゃったのかと思ったけど、言葉が綺麗だった。」

遺書を読んで、まず最初の感想がいい文章だったと言う喜はやっぱり文学青年だなぁ。

「もうやらなくていいんだね。悲しいだけの女給も、墓場のような結婚も。よかった本当に…」

喜の素直な想いがまっすぐ過ぎて、たまらない。

秋子がレコードを手に取り見ながら嬉しかったと言いそれを耳に当てて、「こうして耳に当てれば聞こえるの。銀座のカフェで本物を聞かせてもらったけど、こっちの方がいい音がした」という。

その姿に少し驚いた様子の喜だけど、秋子と同じように反対側にそっと耳を当てる。その行動に秋子もまた驚いて、一瞬顔を離す。けど再びレコードに耳を当て、今までの中で一番幸せそうな表情を見せる。この幸せそうな顔を喜に見せてやりたい!と思った。

この時は時間がゆったりと流れ、ふたりのドキドキが伝わってきて優しい空間でした。

そんな所に、中也がやってくる。空気を読まない男。いや、読めない、かな?そんな中也に「あんた本当にドブに落ちて消えてくれないかなぁ!人生で一番幸せな夜にさあ!迷惑なんだよバーーカ!!」とキーキー吠える秋子。最高。これには喜も苦笑い。

そして「人々の胸の内に、ザルツブルクの小枝をつくらせましょう!」と中也に宣言する。

 


・中也と打ち合わせをする為、フレンドにやってくる喜。本を出版することが決まったのか聞かれても、「まだだよ?」という。依頼が来たのか聞かれても、「それもまだ」という。なにも決まってないじゃないかと言われ一言。「決まってるよ。出す決意さ!」

びっくりした。お、おぅ…そうか…って思った(笑)中也の才能と魅力に絶対の尊敬があるから、世間では難しいと思われていることなんてお構いなしに口にできてしまうんだろうな。なんて純粋なんだ。

なにも決まってないのに、決まったと思い込んでいる中也は遊び歩き、フレンドへやってくる。事情を説明すると中也は怒り、喜の胸ぐらを掴む。

そんな"そちらの勘違い"にも喜は「すみません、僕の言葉が足らなかったのかも…」と謝る。どんだけ優しいんだろう。

そのやりとりを見かねた染谷に、中也はきつくどやされる。お前にはファンはいるのか?と。

殴りたいなら殴れ!と言われて中也は顔を真っ赤にして子どものようにへたり込んで泣き出す。わんわん泣く。怒る以外の感情もしっかり持ち合わせているんだと少し安心した。

そのあと、喜が得意の無意識な純粋さで中也を褒め称え、穏やかな雰囲気に変わった所で暗転。

 


・雷がなる中、ていちゃんが大量の原稿が入ったリヤカーを引いてフレンドへ入ってくる。資金が足りなくなって本に出来なくなった原稿たち。

100人ほどに声を掛けて、予約は8人。

8人分の寄付は飲み代に消えて行った。

そこにゴウが「雷怖い」と言いながら駆け込んでくる。ゴウは雷が怖いらしい。立派なガタイ・よい尻なのに。マジでよい尻。ギャップ萌え。

雷が怖いからか、祭りのことしか考えてないからか、田中さんに「ゴウは予約したのか?」と聞かれ、「もうすぐ祭りですよ?そんなもん食ったら腹壊しちゃいます。あんなもん曲がり角にあったら腰に当たってパーン!ですよ!」と回答して去っていく。笑う。ゴウが舞台上にいると、同じ照明の明るさでも、2割増しくらいで明るい空間へと変わる。「あいつがなに言ってるかわからねえ…。俺は今、予約したのかって聞いたんだよな?」と田中さんがポツリ。ここの掛け合い最高!このシーンが一番すきかもれない。

先ほどのシリアスめいたシーンから一転、楽しい喜劇の時間。

このやりとりの後、中也が入ってくるんだけど、遠藤さんが吹き出しちゃって一生懸命平静を装おうとしてるんだけど、暗転するまで終始ニヤニヤしてたのが印象的。

話的には、 喜が小林を連れてきて、小林が本を作る手伝いをすることを告げる。本のタイトルは"山羊の歌"。表紙は喜に描くように言う中也。「喜は文もうまかったが、絵はもっと上手い」ていちゃんベタ褒め。ていちゃんはいつでも喜の味方でいてくれる。

「僕、魂込めて書きます!」この言葉を発する時の喜は今までで一番嬉しそうだった。目が輝くってこういうことか、と。

中也と喜はきつく抱き締めあう。中也の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。喜の絵で中也の詩を彩ってもらえることが嬉しかったのだろうか。

 


・暗転後、店の掃除をする秋子に縁談の話をするお母さん。

話を終わらせたい秋子。残りの仕事を引き受けて、お風呂に入って寝るように部屋に戻るように促し、田中さんは追い返す。

一人っきりになったところへ喜がやってくる。出来上がった表紙を持って。

「とっても素敵ね。」「実は僕も自信がある。思い入れのある中さんの本の表紙だからね!」

急に、真剣なんだけど、どこか不安げな表情をして「あの手紙に書いてあったことは今も続いてるの?」と聞く喜。頷く秋子。「一生結婚しないっていうのも?」「手紙の通りです」「僕と交際してほしいんだ」この言葉に複雑な表情を浮かべる秋子。

「自分だけ幸せにはなれない?この家の子になった今も? 僕と話してる時が一番楽しいって、今は違う?」首を振ってか弱い声で「大震災で家族も街の人もみんな死んじゃった。…積み重なった黒焦げの死体の山が睨んだんだ。『自分だけ逃げるのか』って。」

秋子をゆっくり椅子に座らせて秋子の目線に合わせてひざまずきながら「一緒に祈ろう。そして生きてる僕らが力合わせて、みんなの分も生きてこうよ。」と優しく話しかける。

「…死んじゃやだよ?みんな死んだんだよ…わたしを置いて」「死なないよ」か弱い声でシクシク泣く秋子を、優しく包み込んで抱きしめる。この時のふたりは、増田貴久でも佐津川愛美でもなく、安原喜弘と宮地秋子だった。

 


たしかこのシーンだと思うんだけど…他のシーンでは常に革靴を履いてた喜が、その時だけは白シャツにチノパンで下駄を履いててすごく気になった。(気のせいだったら申し訳ない)それがなにを意味してるのか、時代の流行りだったのか、調べてみても出てこなくて。秋ちゃんが下駄だったから合わせたのかしら…うーん謎だ…下駄を履いた意味がわかる方はおらぬか…

 

 

 


・喜が大事な話をしにくると聞いて、ていちゃんが駆け込んでくる。お父さん(実際は田中さんとていちゃん、か。)お母さんが張り切っちゃうシーンはほっこりする。まだなんの話かわからないのに、お寿司を5人前とってみたり、秋子にも赤いドレスを着せるくらいに浮き足立っている。かわいい。

流行りのパーマネントを当てるお母さん(余談だけど、フライヤーのまっすーがパーマかけてるのは、その時の流行りを取り入れてるんだと理解した。ナレーションでもパーマのこと取り上げられてたし、多分そう)と学がないからネクタイが結べず、結んでもらおうとするも、結局誰も結べる人がおらず、ていちゃんにぐるぐる巻きにされるお父さん愛しい。真面目なやりとりなのにダランと垂れ下がるネクタイに目がいって(ネクタイの色がすごく目に付く色だったから、狙いだったんだろう)会場がクスクスと笑いに包まれる。微笑ましい。

喜がやってくるなり、縁談の話より表紙のことが気になる秋子。「表紙どうだった?」「あぁ〜あれはボツだ…」言葉を濁しつつ「秋子さんと、結婚を前提とした交際をお許しいただけないでしょうか!」と言い深々とおじきする喜。お父さんお母さん秋子と一緒に田中さんとていちゃんも並んでるのはなんでだろう?(笑)

「腰が据わらないと思うんですがね。毎晩中也と飲み歩いて」「この機会に全て改めます。文学の道に進むのはやめて英語教師になろうと思っています。」

お父さんと喜のやりとりの中に中也と泰子が入ってくる。空気を察した泰子「この話は改めて。中原帰るわよ」

喜は中也に食ってかかろうとする秋子をなだめるが、そんな喜に矛先が向く。

喜は表紙を見せに行った時の話をする。見せたところ隣のドブに投げ捨てられた、と。その話を聞いて「あんたはその時どうしたの!?今みたいに笑ってたの!?友達だったら一番に拾い上げて殴りかかりなさいよ!わたしはあんたのこと一生許さないから!!」秋子は大激怒。喜が懸命になだめる。

「いいんだ。僕は文学と芸術の冒険の旅を終わらせようと思う。でも、すっきりしました。表紙は誰に頼んだんです?」「喜だ!」「中さん。」「喜だ!!」「…中さん……誰に頼んだんです?」「…高村さんだ。」「すごい!日本一の芸術家じゃないですか!」このシーンは妙に大人びて心穏やかに振る舞う喜と、思い通りにいかなくてイライラする子どもの中也の極端な雰囲気がすごく不思議な感覚。

「後悔はありません。目利きの詩人たちが中原中也の詩を語り合っていたんです。まるでランボーボードレールを語り合うように。それがたまらなく嬉しかった。けれど、あそこは選ばれた者しか入れない部屋でした。僕はその入り口までが限界だったんです。諦めたというより、納得しました。…でも、僕は誰よりも早く中さんの才能に気づくことができた。それは僕の誇りです。」

まるで仏のような何かを悟った顔つきで、中也というより自分に言い聞かせるように語る。セリフがすごく綺麗だと思った。まっすーの心地よい声でよりキレイだと感じた。

この言葉に中也は椅子をなぎ倒しながら暴れ、「お前は誰よりも文学を愛していただろうが!!」「俺を殴れ!…殴れっていっちょろうが!」方言(山口弁?)で喜を責める。殴りかかろうとする中也の手を善は優しく包み込む。「僕には守る人ができました。これは僕の使命です。これから船を漕ぎ出します。その時は櫂の歌を唄い、1日働き疲れたら、あなたの作った美しく優しい詩に癒されて大切な人と明日のために眠ります。だから中さん、これからもそういう詩を唄ってください」

人間として、秋子を守る覚悟をもった一人の男として、立派な決意を中也・秋子はじめフレンドに集うみんなに宣言する。言い方も、立ち姿もなにもかも優しくて、壊れてしまいそうなシーンだった。

ここまで言われたら中也もなにも言い返せず、泰子に連れられ店をあとにする。

 


・ある雪の降る夜、フレンドを訪ねる中也。喜に用事があるようだが、この日はあいにく横浜の宿舎に泊まっていて不在。

秋子とふたりきりでの会話。

「喜は手紙読んでいるか?」「さあ。」「…結婚して子どもが出来た。山口に帰ることにした。…俺は喜と母親に迷惑ばかりかけた。でも、詩には誠実だった。お前は自分のことばかり話すと言われたことがある。…仕方ないんだ。自分のことで精一杯なんだ。」

 


私の上に降る雪は 雹であるかと思はれた

 


そう言い残してフラリと帰っていく。

 


・暗転後、喪服を着た小林と泰子が店を訪れる。喜は泥酔して机に突っ伏している。「喜さんがこんなになるなんて…」

中也は中也の子どもが亡くなってすっかり心が病み、脳膜炎でなくなった。

突然起き上がり、「包み!包みはどこです!?これくらいの!!」と騒ぎ立てる喜。泰子から包みを受け取ると、「中さんが精神病院で書いていた手紙は、病院で止まってたんだ!!」と怒りに近い悲しみを露わにする喜。常に穏やかな口調だったから、ゾクっとした。

「僕はなにも知らなかった…」がっくりと肩を落とし、自分を責める喜に小林は声をかける。「僕は中也を見直したよ。自殺すると思っていたから。でも中也は最後まで生きるつもりでいたんだ。原稿も預かっている。"在りし日の歌"だそうだ。『まるで死ぬようじゃないか』と言ったら、『死ぬように生きる』と言っていたよ」

「中さんはね、あなたとの交流が復活したことを喜んでいましたよ!中さんは秀雄先生じゃなきゃだめなんです!!あなたじゃなきゃ…!!」酔った勢いも相まって、嫉妬の気持ちを吐き出す喜は、やっと人間らしくなったなぁと感じた。

「秀雄先生、一つ教えてください。中さんはいつも悲しい悲しいと言っていた。中さんは何がそんなに悲しかったんでしょうか…!僕はいつもそばにいて、たまらなかったんです…!」秀雄の足元にすがりついて辛そうに問う喜。

「中也は悲しかったんじゃなく、悲しんだんじゃないか?僕らは悲しいことがあっても、ずっとは悲しんでいられない。けれど中也には詩以外にやらなくてはいけないことはなかった。だから悲しみ続けられた。中也は僕たちの為に悲しんでみせたんだ」

この言葉を聞いて泣き崩れる喜。手紙に顔を押し当て、床に転がりジタバタして。「中さん…」とか細い声で呟いていた。

 


・ついに戦争が始まり、フレンドで出されるものも貧しくなる。大岡と染谷に出された乾燥バナナが時代を写しているように感じた。

秋子とふたり、店の買い出しから帰ってくる。英語教師をしていた喜は少しでも兵隊の目をかいくぐる為、国民服を着るようになる。そんな喜にまた同人誌を作ろうと持ちかける大岡と染谷。「出せるのか?」「出すんだよ!」「こんな時に?」「こんな時だからさ」いつかの喜みたいなことを大岡と染谷が言う。喜の気持ちがそちらに傾くのを遮るように、「やめて!うちの人を巻き込まないで!」と声を荒げる秋子。喜が中也に夢中だったから嫉妬してるんだろ?と言われ、「確かに大嫌いだったけど、そんなんじゃない。いつ捕まるかわからないこの時代、書けることなんてないんだよ!」と答える。

「思い出すんだよ、中也とフレンドのことを。ああでもないこうでもないと議論したことが懐かしいな」なんだかんだ言っても大岡と染谷の心の中にも中也はいたことが嬉しい。

過去を懐かしみ、徐々に書きたいという気持ちになる喜。「秋ちゃん、ダメかな?」何も言わずに出て行く秋子。

「少し時間をくれないか」「あぁ、何が刺されるかわからないからな」といいフレンドを後にする。

そこへ、左手と陽気さと面白さを失い別人のようになった田中さんが軍服に身を包み軍歌?を歌いながら入ってくる。

これまでのよしみで見逃してきたけど、もう見逃せない、と、フレンドの看板を『友』に書き換えるようにと催促する。兵隊となった田中さんは、3ヶ月程で体を壊し、軍を離れたらしいが完全に日本軍に洗脳されていてショックを隠しきれなかった。

そんな田中さんを迎えにくるていちゃんとゴウとタケ。3人とも軍服を着ている。身体が丈夫な俺らが行かないでどうするんだ、と志願していた。

ネクタイが結べなかったり、流行りに乗ってパーマかけてみたり、お祭り・神輿に命をかけてる姿を要所要所に組み込んだ意味がここで繋がるのかな、と感じるシーンだった。知識のない人は、スポンジのようになんでも吸収する。良いことも悪いことも。日本軍にいいように言いくるめられて、愉快で優しくて温かい心の持ち主たちが変わってしまうこのシーンはずっと涙が止まらなかった。


そんな3人へ千人針・慰問袋を手渡す秋子。不安そうな顔をした喜。

 

 

・中也の時は資金が足りず本の出版ができなかったが、今回は紙が足りずに出版できなかった。それでも喜は書き続けた。

「僕は文学や芸術に触れてきたから、この世に深く恋をしている。恋が足りないんだ。そりゃ、飢えはなんとかしなきゃいけないよ?この世に恋をしていたら、もっと別の方法があったはずだ。貧しくて蓄音機を持っていなくても、人間はレコードを耳に押し当てて心で音楽を聴く力を持ってるんだ。」そう言いながらレコードを取り出し、蓄音機にセットする。

「そんなこと書かないでよ?」「書かないよ。でも中さんの手紙があるんだ!未発表の詩もいくつかある。生徒たちに分けてあげたいんだ、ザルツブルクの小枝をさ!」夢を語る少年のように目が輝いていた。


蓄音機から流れ出す音楽。誰の何という曲だったかはわからないけど、温かくてどこか淋しい気分になった。

 


東京大空襲がフレンドを襲う。爆発音と閃光する照明の演出が凄まじく恐怖でしかなかった。身体が強張る感覚。赤く染まったフレンドのセットが頭から離れない。

それまでは田中さんだった語りがお父さんへと変わる。「ついに山手一帯も空爆に…」そこに田中さんがやってきて被せるように「しかし!そこに神風が吹いて皇国は〜…!」と叫び狂う。倒れても叫ぼうとする田中さんを「もういいんだ、よくやったよ…」と慰める。ひたすらに辛い。

するとわたしの左後ろの方からなにか声がする。はじめはなんのことかわからなかったけど、振り向くと通路に全身ボロボロで額・膝から流血した喜がいた。「あきちゃん!あきちゃん!!秋子!!」秋子を探している。フラフラし、叫びながらどんどんわたしの方へ近づいてくる。

ちょうどわたしの席の後ろに着いた時、その場に倒れこんでしまう。

見ていいものかと思いながら恐る恐る倒れた方を覗き込んだ。

その時、舞台上に死んだはずの中也が現れて、「喜、酒を飲め、書け、そして語ろう、生きろ。フレンドへ行こう」という。(ここは喜が見ている幻想の世界)

起き上がり中也を見つめる喜。この時、まっすーとの距離は10cmもなくて、左の顎のラインからの左目・まつげがすごく印象的だった。その目は真っ直ぐ中也を見つめていて、圧がすごい。生きるか死ぬかの瀬戸際にいる人の目だった。コンサート・雑誌・テレビでみるまっすーなんだけど、まっすーとは別人のようだった。恐ろしいと感じるくらいに生死を彷徨う喜の目をしていた。

顔もススだらけ・流血してたからコンサートであの距離だったら触りたいと思うだろうけど、お願いだからこっち見ないでくれとさえ願った。

ただ、まっすーをあの角度から見上げる事は2度とないだろうから、あのシーンは恐怖を感じながらもありがたかった。

 


話を戻して。フレンドには戦争前の姿をしたいつもの顔ぶれが集まり楽しそうに酒を飲んでいる。もちろん中也もいる。炎に包まれているのになんの疑いもなく入って行く喜。

みんなが楽しそうにすればするほど恐怖を感じる。あの空間は狂気でしかなかった。

そして、その場にいる全員で"サーカス"を詠う。

 


幾時代かがありまして 茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして 冬は疾風吹きました

幾時代かがありまして 今夜此処での一と殷盛り

今夜此処での一と殷盛り

 


屋外は真ッ暗 暗の暗
夜は劫々と更けまする
落下傘奴のノスタルジア

 


ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

 


みんな楽しそうに肩を組み合う者、笑い合う者…戦争は幻だったかのように。

楽しく過ごす幻想の世界から引き戻すようにまた爆発音。赤い幕が落ち、中也と喜だけになる。静寂。

「喜、まだ書いてるか?」「はい!!」「お前は書き続けろ」「僕は生きなくちゃいけないんです!」

そこに火の粉(赤や銀色の紙吹雪)がふってくる。

 


中也はステージを降り、汚れちまった悲しみにを詠み通路を歩く。


汚れっちまった悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れっちまった悲しみに
今日も風さえ吹きすぎる…

 


「中さん!…中さん!!中さん!!!」

この時の目力がすごい。客席を挟んで余計なものが目に入りやすい状況でも当たり前だけど、全然ブレることなく役に入りきっている。

満身創痍でがっくりと崩れ降りると同時に幕が下がる。

そこに広がるフレンドは瓦礫の山と化していた。

そこに喜を探しフラフラとやってくるボロボロの秋子。喜と秋子の再会。

秋子は中也の手紙と原稿、そしてレコードを持ち逃げていた。

「持ってきてくれたの?」大事そうにそれを抱きしめる。

レコードは割れていて、謝る秋子。「大丈夫。聴こえる」そう言って耳に当てて、喜と秋子は抱きしめ合う。秋子の身体が反り返るほど強く強く。その姿に涙が止まらなくなって、嬉しいんだか悲しいんだか、なんとも言えない気分になった。

 


数日経ってこのシーンのことを思い返してたんだけど、空襲の中、お金でも水でも食料…とにかく生きる為に必要なものじゃなく、中也の手紙と原稿を持って逃げた秋子の喜への深い愛情を感じとれた。

あれだけ何度も中也のこと大嫌いだと言いながらも喜と中也の関係は理解してたんだと思う。お互いに支え合って生きている象徴のようなシーンだったと、今になって思った。

 

 

 

 全ての芝居が終わりカーテンコールに入るとき、へたり込んで泣いている愛美ちゃんの手を取り、力強くぐいっと立たせるまっすーが、まっすーで、善さんだった。
一度舞台袖にはけてまた登場するとき、愛美ちゃんが1テンポ遅れたんだけど、愛美ちゃんが出てくるのを待って出る姿に座長を感じてなぁ(あー言いたいこと伝えられない!語彙力がほしい‥)
2時間の長丁場で体力的にも精神的にも満身創痍だろうに、(すこしよろっとしてた)その顔は疲れてるどころか、清々しいくらいにすっきりしていて満足感・充実感しか感じられなくてね、その姿に胸がいっぱいになって泣けてきちゃったの。惚れ直したよ。
3回のカーテンコールすべて、遠藤さんは中原中也だったし、愛美ちゃんも秋子だったし、まっすーも安原善弘で座長だった。
3回目のカーテンコールの時だけ、左手を挙げて深々とおじぎするまっすーはいつもの知っているまっすーで、袖に捌けていく時に一瞬見せる背中は、いつもよりも広く大きく見えて、出演者のすべての思いを背負った座長の背中だった。最後の最後までこの舞台を背負っていた。

 

 

****

 

ジャニーズが出るから、ファンが観にくる。まっすーが出なかったらここに集まった客は誰も来ないと演出家さんは思ってるんじゃないかっていうツイを見たことがあって、確かにわたしは、まっすーが出るから見てみたいと思ったし、遠い田舎から足を運びました。全てはまっすーを見るために。

時代背景も中原中也・安原喜弘という人のことも、中原中也が書いた詩も、ほぼ0に近い知識の中、この作品に携わる全ての方の力によって、わたしは中原中也という人・それを支えた周りの人たちの虜になった。夢中になった。もっと作品の深い部分が知りたいと思いました。

まっすー目当てだろって言われたら何も返す言葉はない。むしろ「そうだけど何か?」って開き直ると思います。

けど裏を返せば、まっすーが出たからわたしは中原中也・安原喜弘・その詩を知ることができて興味まで持った。まっすーが出なかったら学ぶ機会さえなく、知らないままの人生だったと思います。だから、ますだくんがこの作品に携わってくれたことはわたしにとってかなり意味があることなんです。

いつだってますだくんはNEWSはアイドルは誰かの世界を広げてくれる。きっかけをくれる。アイドルは人の人生の新しい扉を開く鍵になってくれる素敵すぎるお仕事だなと改めて実感しました。ありがたいことです。この作品にまっすーを起用してくれた方に感謝します。

 


10/7といえば、3年前の同じ日にNEWSの未来が見えなくなって、メンバーはもちろんファンも不安になった日。暗い暗いトンネルの中に押し込められて不安な日々を過ごしていました。お互いにもがいて不安と戦ったあの日から3年。こんなに素敵なお仕事に巡り会えて、この日をしあわせないちにちに変えてくれたますだくんには感謝してもしきれません。

このタイミングで貴重な生のお仕事を体験できてしあわせでした。

チケットが当たって本当によかった。観劇できてよかった。素敵な時間をありがとう。

これからの残りの公演も、たくさんの人の心に残りますように。みなさまが怪我なく楽しく無事に千秋楽が迎えられることを願っております。

心からありがとうの気持ちを込めて